キラキラしたお話ではあるけれど,派手ではない。大冒険?劇的?という言葉は少し違う。金銀財宝があふれ出る宝箱なんかじゃない。真っ暗闇を少し明るくしてくれるようなかけがえのなさ。心のあかり…。煌々と光り輝くものではないけれど,やさしくあたたかな光。そんなお話『ムギと王さま』(14篇収録)
大人になって訳者の石井桃子さんの文章のすばらしさが,この本を素敵にしたんだと判りました。ひとつひとつのお話がどれもキラキラしていてクリスマスツリーのようです。挿絵も強く印象に残っています。
引用:『本へのとびらー岩波少年文庫を語る』宮崎駿
アニメの巨匠である宮崎駿監督が書いた『本へのとびら』では,上記のように紹介されている。
その中で,石井桃子さんの素晴らしさについてたくさん言及している。石井桃子さんは,たくさんの絵本や児童文学などの児童書を翻訳されている方で,気になる方は検索してみていただきたい。
また,さすが世界が誇るアニメーション監督,挿絵のすばらしさについても言及している。
この人の描く愛らしい絵は,幼児の世界にぴったりです。表紙の絵も好きです。こういう風にペンで描くのかと参考になりました。後の時代に出てくるペン画のようにギスギスしていないんです。
引用:『本へのとびらー岩波少年文庫を語る』宮崎駿
今回は,この『ムギと王さま 本の小べや1』を紹介したい。
『ムギと王さま』の概要
岩波少年文庫では,対象が小学5・6年以上となっているが,読み聞かせてもらうならば,低学年でもいいと思う。
それくらいキラキラした,想像力を駆り立てる力のある物語だと思う。
収録されている14篇の中から個人的に好きなお話をいくつか紹介したい。
月がほしいと王女さまが泣いた
どこの社会や集団にもみられるような,大衆社会や同調圧力を描いているようにも思える。
自分が誰かを批判している理由が,「あの人が言っていたから」になっていることがきっとある。
「みんなが批判しているから自分もする」というように。
みんなとちがう人は排除される恐れがあることをみんな知っている。
考えない大衆。意思のない大衆。それがまわりまわって,めぐりめぐって戦争のような大きな悲劇を起こしてしまう。
自分の「考えずにやった行動」が,人を傷つけてしまうことがある。
そして,そのことを意識する人もいなければ,自分が加担したことさえもすぐに忘れてしまう。
今の世の中,人間社会を表しているようにも思えた。
金魚
もしぼくが,ほんとに世界のなかにいるんなら,ぼくには,世界じゅうが見られるはずだ。きみのいうことが,ほんとだって,どうしたら,ぼくにはわかるんですか?
引用:『ムギと王さま』金魚
金魚が船と出会い,世界について教えてもらう。金魚は「世界」を知りたくてたまらない。金魚の描く世界の広さ,実際の世界の広さ,どちらが大きいのだろう。
小さな友だちよ。もしおまえが,あすこに見える月だとしても,いや,太陽自身だとしても,おまえは一度にそういうものを半分ずつしか見られないのだよ。
引用:『ムギと王さま』金魚
物事を見る時に,半分しか見えていない,という価値観をもつのはたいせつだと教えてくれる。
表があれば,裏がある。何事もそうだし,人間さえもそう言える。世界も。
見えている部分だけではない真実や事実,嘘や虚構があるのだ。
空をもうひとつの海だと思っていた金魚。世界のなかにある不思議を全部知りたいと願う金魚。純粋な子どもそのものにも思える。
子どもに読み聞かせるとどう感じるか,楽しみである。
レモン色の子犬
この『ムギと王さま』の中でこのお話が一番好きという人が最も多いのではないかと想像する。ぼく自身もそうだ。この話が一番おもしろいし,25分くらいのアニメーションで見てみたいとすら思う。
自分のもっているものを失ってでも,目の前の犬を助けること。
自分の最も大切なものを人に贈ること。
自分の欲しているものをぐっと我慢すること。
状況を理解し,発言すること。
自分にできること,しなければならないことをきっちり淡々とやっていくこと。
それが,自分の最も幸福な生き方につながること。
近道はない。欲望もない。ただ自分が自分として生きていくこと。
ジョー・ジョリーのように生きていける人がどれくらいいるだろうか。
『イワンのばか』のイワンと少し姿が重なった。
その他キラキラしているお話
貧しい島の軌跡
貧しい漁師たちの島には草木もなく荒れ果てている。そこにたった一輪だけ咲いている【島の花】。
島民みんながたいせつに思っていたこの【島の花】と女の子の物語。
女の子の宝石のようなキラキラした純心が,大人たちの心を打ち,奇跡へとつながっていく。
きれいな心とは何か。
このお話を読めば分かる。
西ノ森
【アクセク国】という国では,禁じられたことがある。子どものときに禁じられたことを,自分が大人になってまた子へ禁じる。
【あくせくする】という言葉の意味は,❝心にゆとりがなく、目先にだけ心をうばわれたようにせわしく事を行なうさまを表わす語。❞
この物語の大人は,心にゆとりがない。目先のこと,生活のためにお金を稼ぐこと,時間の中を生きることなどだろうか。
子どもはそうではない。
大人になってどんな心を失った?
この物語が教えてくれる。
心に詩を。
小さな仕立屋さん
ある意味,最後に期待を裏切ってくれる?と言えばいいのか。
それでも,本当の幸せを得られるわけだけれど。
人をきらきらと輝かせられる人って,きっとその人自身もきらきら輝いているんだろうな。
一生懸命さは外面に出るのかな。
やっていることがその人間を造り上げるのなら,日々,自分なりにやるべきことを,成長につながることを,誰かを幸せにすることを,やっていきたいと思った。
自分が幸せになるために,何をすればいいか,なんとなくわかった気がする。
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