1726年。今から297年前に刊行された『ガリヴァー旅行記』。およそ300年も前に,こんな小説を発表していたのか。それだけでも想像を絶する。
昔の人だから知識が乏しいと安易に思っているわけではないが,1700年代って聞いただけでも,江戸時代の中期ごろ?日本人はまだまだ刀を振り回していたような時代でしょう?と安直に思ってしまう。
それと比べるわけではないが,おそろしい。1700年代に,こんな想像を膨らませ,人々を物語で魅了していたなんて。純粋に児童文学としてみても,風刺作品としてみても,ものすごい力がある。
スウィフトは特定の事柄を普遍的なものとすることに成功しました。つまり,彼は当時のイギリス政界を念頭に置きながらも,それを人類全体に共通する弱さ,愚かさとして描いたのです。
引用:『ガリヴァー旅行記』(岩波少年文庫)解説 海保眞夫
『ガリヴァー旅行記』概要
著者のスウィフトは,アイルランドに生まれ,生前から国民的な英雄としてその地位を確立し,現在でも大きな尊敬を集めている。
当時のアイルランドは,イギリスの植民地と化しており,民族と宗教の両面で国内が分裂していたそうだ。国を追われる者,終わらない紛争の時代を生きたからこそ,アイルランド救済のため,筆を執ったのだという。風刺作家として認知されるようになってからは法に問われる危険もあった。
ありえない世界をリアリティに描く
描かれるのは,どこかの異世界ではなく現実世界の一部に思えてくる。奇想天外な世界ではあるけれど,本当にこの現実にあるのではないかと思わせてくれる。
日常生活や食事のシーン,小人や巨人の生活感など,まるで本当に作者が体験してきたかのようなこまやかな描き方。
空想の世界だからこそ,【何でもあり】なのではなく,現実性,リアリティがなければ,本当にただのまやかしの世界だろう。
また,小人の世界にしろ,巨人の世界にしろ,度々数字を示してくれる。自分たちの人間社会と比較してどれくらい大きいのか,または小さいのか。
距離感やサイズ感をイメージできることで,想像の手助けをしてくれる。
このリアリティがなければ,ここまで子どもも大人も魅了されなかったのではないだろうか。
その描写たるや,当時この作品を読んで,現実だと思った読者もいたのではないかと思われるほど精密である。
語るべき目的~政治批判として
当然,スウィフトには語るべき目的があるわけだが,岩波少年文庫版の【解説】にもわかりやすく記されているとおりだ。
小人の国(リリパット)
この国の民からすると,ガリヴァーは巨人である。その目を通して,リリパット宮廷(イギリス宮廷)を風刺している。
小さな人間から見る大きな人間とは,どんな人間であろうか。
小さなことで戦争を繰り返すリリパット。ガリヴァーという巨人を,自国の利益のために生かし尽くす。
大人の国(ブロブディンナグ)
対して,ブロブディンナグの王の目を通して,小人のガリヴァーなどに代表されるイギリス人を風刺している。
王がイギリスの政情について尋ね,答える。何度も何度も話を聞き,国王自身の意見を述べる。
無知と怠惰と悪徳だけが立法者の適当な要件だということ,しかも,法律をまげたり,本末をあやまったり,ごまかしをしたりすることにばかり,興味と才能を持っている人間が,いちばんよくその法律を説明し,解釈し,使うものだということを,きみはみごとに証明した。
引用:『ガリヴァー旅行記』スウィフト著
人間の歴史が,悪だくみ,むほん,欲張り,偽善,不信用,にくしみ,悪意,野心の生み出す,いちばん悪い結果ではないかと。
王の目線から,人間社会への痛烈な風刺が見て取れる。
3篇と4篇
少し検索すればわかるが,『ガリヴァー旅行記』は全4篇からなる。この岩波少年文庫版には,2篇しか収録されていない。
本当に強烈な風刺があるのは,3篇から。
児童文学として捉えられているのは,この1,2篇だけといってもいい。
ぜひ,目を通すことをおすすめする。
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