情報を一切出さないという異例の形をとって,2023年7月に後悔された『君たちはどう生きるか』
映画のパンフレットすらも後日発売(1か月後)。
ようやくパンフレットが発売され,どんな情報があるのか楽しみにしていたのだが,過去のジブリ作品のパンフレットと比較すると,10分の1程度の情報量しかなく,少し残念だった。(それでも覚書や作品解説,イメージボードなどがあってよかったが。)
9月ごろに『SWITCH』で【ジブリをめぐる冒険】が特集され,プロデューサーやスタッフ,キャストのインタビューが掲載された。
そして10月末『ガイドブック』なるものが発売された。パンフレットと同じく映画館や公式でしか購入できない。読み応え十分の情報量だった。
このガイドブックで印象に残ったことをまとめていきたい。
作品解説
『風立ちぬ』公開後の引退宣言から本作の企画決定のいきさつ,内容にまで及ぶ解説が書かれている。
『風立ちぬ』を引退作にしたことが失敗だったかもしれないという思いがあったこと,はじめは鈴木敏夫は,【老監督の晩年に名作なし】との理由から反対していたこと,それからの企画決定までの流れが,宮崎駿と鈴木敏夫の長年の阿吽の呼吸というか,適度な距離感を表していてとてもいい。
自分にとって致命的な部分を描く
今まで色々映画を作ってきましたけど,一番楽なのは明るい元気な女の子が出てくる話です。その次は正義感の強い体力が優れている少年が出てくる話です。
本当は,自分はそうではないので色々内部に抱えていて,それを隠して,今まで生きてきた。
引用:『君たちはどう生きるかガイドブック』作品解説
メインスタッフへの作品説明でも,
❝俺はこのままだと何か大事な事を言わないまま終わってしまうんじゃないかな❞とも書かれている。
どれだけの大人が,自分にとっての致命的な部分に意識を向けているのか。そもそも気づけているのか。また,それを描くとはどういうことなのか。
生まれながらにもってしまっているコンプレックス,それでも生きるんだということ。この時代を。
それが作品の大きなテーマであることが伝わってくる。
企画書
内容や作品の意図,舞台と時代などが書かれている。
宮崎駿の企画書となると,やはり読みごたえがある。貴重な資料だ。
勇気を描く
この作品には,楽しく心あたたまる肌ざわりを求めない。
悪感,夢魔,血まみれの世界に耐える勇気こそ描かなければならない。
いままでの作品よりはるかに遠い場所へ,ようやく,私達はスタートの地に立つのだ。
引用:『君たちはどう生きるか』長編アニメーション企画書
作品を見た人には,❝楽しく心あたたまる肌触りを求めない❞という言葉にどう反応するだろうか。その通りと思うところもある。
でも,ラストの眞人と青サギのシーンにどこか心地よい肌触りを感じた人もいるのではないだろうか。
ここでいう【悪感】とは,戦争で金儲けをしている父や新しく母になる夏子への不快な感情だろうか。
ここでいう【夢魔】とは,青サギであったり,母の死を受け入れらない自分自身であったりするのだろうか。
ここでいう【血まみれの世界】とは,生と死が渾然一体となった世界,均衡と制御を失った現実世界なのだろうか。
❝耐える勇気❞という言葉に,吉野源三郎の原著『君たちはどう生きるか』や本作のきっかけとなった『失われたものたちの本』の関連が見えるような気がする。
キャストより
山時聡真 /眞人役
18歳とは思えないほど,素晴らしい文章だった。18歳だからこそ書ける文章なのかもしれない。
眞人がこめかみにつけた傷は「悪意のしるし」です。
悪意というのは,消え去るものではないのかな,と強く思います。
その上でどう生きていくか。
自分たちが生きているこの世界でどう生きていくのか。
引用:『君たちはどう生きるかガイドブック』
眞人は,親への反抗,世界への猜疑心,友達を作ること,悩むこと,人生そのものを体現している。
この世を【真に生きる】少年たちの代表者なのかもしれない。
この眞人役の山時聡真さんという俳優も眞人と共に成長したことが伝わった。ぜひ全文読んでいただきたい。
菅田将暉 /青サギ役
青サギを演じたということで,眞人と青サギの関係。宮崎駿と鈴木敏夫の関係をベースに書かれている。さすが,現代のトップの俳優さんといった文章だった。
嘘も本当も,眞人をたぶらかしているところも助けるところも,その曖昧な立ち振る舞いが,僕ら人間のありようと同じ。
でも,映画の中で,眞人だけは変わらない。お母さんに対する想いや行動がまっすぐです。
引用:『君たちはどう生きるかガイドブック』菅田将暉
眞人と青サギの性質と関係をよく表している。演者たちは,そのキャラクターとなり,世界に入り,言葉を交わしていく。
❝あばよ,友だち❞と言う前の❝だんだん忘れるさ。それでもいいんだ。❞がたまらなくいい。菅田さん自身も,哀愁のある感じがとても好きです。と語っている。
数多くの名作に出演し,大俳優といっても過言ではないくらいの菅田将暉さんに,青サギを託したのは,宮崎駿さんや鈴木敏夫さんなりの何かがあったのではないか。
木村拓哉 /父 勝一役
『ハウルの動く城』以来の参加となるこちらも大俳優の木村拓哉さん。
この勝一というキャラクターは宮崎駿自身の父親とのことで,作品を見て,勝一のパーソナリティを踏まえると木村拓哉に任せたのも頷ける。
勝一は,感情表現がストレートです。
対する眞人は,感情を内に秘め,表に出さないことによって,父と子の関係性が成立している。
引用:『君たちはどう生きるかガイドブック』木村拓哉
勝一は,世間的にみるとおそらくものすごくかっこいい男だろうし,上司としても商売人としても一流の才覚があったのではと思える。
戦争に加担してしまうような仕事であれ,時代をつかむ商才があったのだろうと。そういったことも含めて,当時の人々からすると,魅力的な人であり,かっこいい男に見えたはずだ。
しかし,映画を見ている人からすると,どこかおっちょこちょいで情けなく見えてきてしまう。
眞人に感情移入してみると,頼りない父親,情けない父親にも見えてしまう不思議さ。
だからこそ,【かっこいいキムタク】に演じてもらう必要があったのだろうと思う。
勝一あってこその眞人。眞人は認めたくないかもしれないが,(いやきっとすべて受け入れているか)勝一を父として尊敬しながらも,どこか負けたくないライバルのような,超えるべき壁のような意識があったのではないか。
そう考えると,木村拓哉さんの言葉も腑に落ちる。
木村佳乃 /夏子 役
夏子は,母になる前に母にならなくてはいけなかった。眞人の母に,生まれてくる赤ちゃんの母に,その胸中も,眞人がかわいそうという目線で見ると,あまり感情移入できないものがあった。
自分が男ということもあるだろうが。
(眞人は)「あんたなんか大嫌い」と言われたあと「夏子お母さん」と言う。
「父さんが好きな人」だから助けにきたのではなく,自分のお母さんだから助けに行くという気持ちに変わったんですね。
(中略)
夏子が鬼にならなければ,眞人は前に進めなかったと思うんです。
引用:『君たちはどう生きるかガイドブック』木村佳乃
母になる前に,母にならなくてはいけない夏子の気持ち,誰が分かるというのだろう。
一見,結婚して子どもを産んで,母になって家族が増えて…ということは幸せなことである。でも,その幸せを最大限幸せにするためには,我慢や努力が必要なのだと思う。
父親の育児参加の流れが時代とともに行われてきたとはいえ,まだまだ母親メインの育児が当たり前とされている風潮もある。
男のぼくがいってもしかたがないが「母になる」とは,どういうことだろう。
人は,失ったときにその大切さに気付かされる。失わないと分からないことが多すぎる。
夏子は母になるために,「あんたなんか大嫌い」を言わなければならなかったのだろう。
眞人は母を救う息子になるために,「お母さん」と呼ばなければならなかったのだろう。
柴咲コウ /キリコ役
眞人と同じところに傷をもつキリコ。自分でつけた傷なのだろうか。少なくとも,悪意のしるしとして消えることのない傷を負っている点で眞人と同じ。
自傷する人に対する無力感。どう助ければいいのか分からない。どう働きかけていいのか分からない。
自分自身で傷つけて,その傷と共に,消えることのない傷と思いを心に秘めて生きている。
「耐える勇気」をもっている人物として描かれている。
子どもの頃もあれば,若い時代もあれば,もう少し年を重ねた時代もあります。
ひとりの人間の中に,色んな時代がある。
でもつい,年齢の変化が先入観となって,その人を捉えがちです。
しかし,本来は同一の人間です。
引用:『君たちはどう生きるかガイドブック』柴咲コウ
自分の中にたくさんの時代があったなと思う。
その時代ごとに自分は微妙に,または劇的に変わっていて,それでも同一の人物として認知されたり,「おまえ変わったな」なんて知ったような口をきかれたり。
ある意味,「自分からは逃れられない」これも「どう生きるか」につながってくるのではないだろうか。
あいみょん /ヒミ役
冒頭,ヒミ(眞人の母)は,火事で亡くなってしまう。
ヒミが火を扱う力をもっているということは,火事は自らおこしたのかと邪推してしまった。疎開するときにはもう夏子が身ごもっていたということは,入院中の母は,夫である勝一が妹の夏子と関係をもっていることに気づいていたのでは…と。
❝火は平気だ❞という台詞も,意味をもっているとしか思えない。
絵コンテにも眞人に火事で亡くなってしまうことを告げられた時,絵についての説明のところで,❝まったくたしろがない❞と書かれている。
きっとそれぞれにあった人生が決まっていて,それを「どう生きるか」ということなんだと。変えられないし,変えちゃいけない未来もあるんだなと思うのです。
引用:『君たちはどう生きるかガイドブック』 あいみょん
決まっているか,決まっていないか,確かめようがないので,どちらでもいいけれど,どちらにせよ自分でどうにかこうにか生きていくしかない。
どう生きるか。自分の人生,「よかった」と思っていたい。
ジブリ作品の根幹にあるテーマは「この世は生きるに値する」ということ。
自分も,自分の子どもにも「生まれてきてよかった」とか「生きていてよかった」とか,色々あるけれど,そう思いながら生きてもらいたいものだ。
アニメーター座談会
これも読みごたえ抜群だった。名だたるアニメーターの4人の座談会。これまでの日本のアニメーションを支えてきた名アニメーター。作画監督の本田雄,原画の山下明彦,井上俊之,安藤雅司の4名が【宮崎さんと仕事をするということ】と題した座談会が8ページにわたって収録されている。
実績も経験も豊富な名アニメーターだけあって,エピソードのひとつひとつがおもしろすぎるし,言葉が秀逸だったりもする。
これもぜひ全文読んでもらいたい。
購入できるところ
公式のオンラインショップか全国の映画館でしか購入できない『君たちはどう生きるか』のガイドブック。
貴重な資料が盛りだくさんで1320円で購入できるのはありがたい。ぜひ!
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