どうしたら子どもたちに,希望を裏切ることなく真実を伝えられるだろう?
引用:『ブラッカムの爆撃機』/ウェストール作 ロバート・ウェストールの生涯
宮崎駿は,児童文学を「やり直しがきく話」であり,その根底にあるのは,「生きていてよかった」ということだと語った。
自身のアニメーション作品をつくる上でも一貫したテーマは「この世は生きるに値する」ということだ。
その宮崎駿が影響を受けたとされる作品がこの『ブラッカムの爆撃機』であり,その作家ロバート・ウェストールである。
『ブラッカムの爆撃機』の概要
この本は,全4篇からなる。
- タインマスへの旅 (宮崎駿のカラー書下ろし漫画)
- ブラッカムの爆撃機
- チャス・マッギルの幽霊
- ぼくを作ったもの
- ロバート・ウェストールの生涯(リンディ・マッキネルによる特別寄稿)
簡単に紹介していく。
タインマスへの旅/宮崎駿
マニア,オタクという言葉では足りないくらい戦闘機好きとして知られる宮崎駿をして,このウェストールの『ブラッカムの爆撃機』を読んで,
❝彼も空想で何百回と夜間爆撃をした少年なのだ❞と評している。
それくらい,爆撃機内部の構造であったり,飛行中の描写などが鮮明でリアル。
❝彼も❞と評しているところを見ると,宮崎駿自身も何度も何度も空想の中で,戦闘機に乗ったのだろう。『風立ちぬ』の堀越二郎のように。
この『ブラッカムの爆撃機』の魅力のひとつは,なんといっても,宮崎駿の気合の入ったカラー書下ろし漫画が24ページも見られるということだ。
確かに,戦闘機や戦争,当時のイギリス空軍に関する知識などがない人(ぼくも全くない)が読むと難しいし,どう想像していいのか分からない場面がある。
そのたびに,冒頭の宮崎駿が描いた漫画のあるページを何度か見返し,補完した。
この物語をどうにか日本の子どもにも読んでもらいたいという思いもあり,より手に取って読みやすくするために,宮崎駿が漫画を描いたことを踏まえると,読んで損はない。
読んだ方がいい。少し難しいところもあるが,3篇とも素晴らしいお話だ。
ブラッカムの爆撃機
高校を卒業したばかりの少年たちが空軍に入り,爆撃機に乗る。それだけで大戦下とは恐ろしいものだと思えるが,今を生きるぼくたちにとっては,どこか他人事。遠い昔の話でしかない。
ただこの物語のリアルな描写,その時代に生きた人々の生活や思いが少しわかるような気がする。
本当に戦闘機内部のやりとりや敵との交戦の臨場感あふれる描写は,経験したとしか思えないほどリアルだ。
今のぼくよりも若い人たちが,爆撃機にのって街を焼き払い,敵戦闘機を落とし,仲間を失い…という経験をしてきたのか。
みんな生きて帰りたかったはずだ。
死の直前,何を思い,何を感じ,誰を思い出したのか。無念だったはずだ。
そう思うと,怨念のようなもののリアルさも成仏できないことへの納得感も出てくる気がする。
おれはときどき考えるんだ。十三時間飛行の終わりごろにさ。おれたちはもう死んじまったんじゃないか,おれたちは,勇敢な飛行士のいく,白く安らぎに満ちた天国バルバラのようなところにきてるんじゃないだろうかって。だが,そうだとすると,ほかの連中はどこにいるんだろう?
引用:ブラッカムの爆撃機
チャス・マッギルの幽霊
もうこれにいたっては,タイトルに幽霊と書かれている。ブラッカムの爆撃機にしてもそうだが,ホラー小説と言われると,敬遠する人もでてきそうで,あまりそう言いたくはない。心霊的なことも内容に含まれるが,そこがメインではない。
ぼくたちが戦争について,どうしてもどことどこが戦ったとか,どちらの国が勝ったとか,負けた国がどうなったかとか,何人の死傷者がいたかとか,そんなレベルでしか考えない。
亡くなった死傷者を数字でしか捉えていない。そのひとりひとりには,名前もあって,家族もいて,その人の分だけ歴史や物語があるのに。データとしてしか知らない場合が多い。
人知れず亡くなった人,遺体となっても家族のもとへ帰れなかった人。たくさんいるのだろう。
そういった人や出来事の上に今ぼくたちは生きている。
この物語は,そういった忘れ去られた者,歴史にすら残らなかったものの話でもある。
つないでいくのは,若い力であり,子どもだ。
どうして突然こんなに勇気がでたのか,自分でもよくわからなかった。これは校庭でけんかをするときにでてくるような勇気じゃない。わいてきたときと同じで,突然消えてしまうかもしれない。
引用:『ブラッカムの爆撃機』/ウェストール作 チェス・マッギルの幽霊
そんな勇気に満ちた時代が,みんなにあったと思う。いつからか失ったものかもしれない。
子どもの勇気が,時を超え,奇跡を起こすラスト。ぜひ読んでみてほしい。
ぼくを作ったもの
あらゆるものには物語があるし,あらゆるもののあらゆる傷にも物語がある。祖父はぼくにそれを教えてくれた。
引用:『ブラッカムの爆撃機』/ウェストール作 ぼくを作ったもの
この作品に収録されている3篇ともどこか【ものの精神性】を感じさせる。
人間は,モノを見て,忘れていたことを思い出すことがある。
他人にとって無価値なただのガラクタが誰かにとってとんでもなくたいせつな宝物ということもある。
人からもらったものを,まるで自分と同じくらいにたいせつにする人もいる。
すでに終わったこと,過ぎてしまったことが,のちの世に,生まれてくる子どもたちにどんな影響があるかは分からない。
ただ,過去を知り,学ぶことはできる。
絶対に忘れてはならないことがある。
それをこの本から学ぶことができる。
希望を子どもへ
「自分たちがどこまできたかを知りたいなら,振り返って,かつてほんとうはどこにいたのかを,見きわめるしかないではないか。」
この考え方は,ウェストールのすべての作品に一貫して流れている。彼は自分の信念を貫いた。真実はそのまま,決して観念的な低温殺菌などせずに,子どもたちに伝えるべきだという信念を。
引用:『ブラッカムの爆撃機』/ウェストール作 ロバート・ウェストールの生涯
たとえ,どんなに酷いことでも,醜いことでも,耐えがたいことでも,真実を伝えなくてはならない。
酷い現実や真実を隠すことが希望ではない。
そんなに子どもは弱くない。
自分の境遇に絶望してしまうこともあるだろう。自分はなんで生きているのか,生まれてきたのか自問する日も来るだろう。
でも,それでも生きていく。
自分の現状を正しく理解するためには,過去を知り,過去から学ぶことがたいせつであるとも教えてくれている。
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